葦書房

 

吉田調書の真実

2014/11/28
久本福子

朝日の記事は完全なる創作
撤退問題の真実
調書が語る真実

 

朝日の記事は完全なる創作

11/13の朝日新聞に、「吉田調書」報道に関する第三者委員会による検証結果が掲載されていました。委員会は、朝日の記事は 「報道内容に重大な誤りがあった」「公正で正確な報道姿勢に欠けた」ものであったと認定しています。しかし、第三者機関による検証を経ずとも、「吉田調 書」を読めば、一読即、朝日が悪意に満ちた捏造報道をしたことがただちに了解できます。

実は、わたしは、政府が吉田調書を公開したとの報道の後しばらくしてから、官邸のHPで「吉田調書」で検索したのですが、調書が出てきませんで した。公開は一時的だったのかと思い、それ以上の検索をしないまま、あっという間に時間が経ってしまいました。しかし先日ふと、Yahooで検索したと ころ「吉田調書」が出てきましたので、驚きつつ読み始めたのですが、読みだしたら止まらない。内容を考えると不謹慎な表現かもしれませんが、非常に面白く て、面白すぎて、読み出したら止まらなくなりました。まるで非常に良質のノンフィクション作品を読んでいるような具合でしたが、分量が膨大ですので一日では 読了できませんでした。

という次第で、遅ればせながら吉田調書の現物を読んだのですが、読んで分かったことは、朝日の記事は単に事実に基づかない捏造記事であるというレベルのものでは なく、想像を絶するような悪意によって、あの記事が創作(捏造)されたものであったということです。と同時に、拙著『原発事故と巨大地震の正体』がいかに 福島原発事故の真相に迫ったものであったかについても、我ながら改めて確信をもつことができました。

公開されている吉田調書はA4版の用紙に記録された聴取結果をPDFにしたものですが、添付資料を別にして、文字が印字された本文のPDFファイルの数は10枚、総ページ数は406ページ、一枚のPDFの文字数は1620字、総文字数は約65万7720字。10枚の各 ファイルにはページは表示されていますが、全ファイルの通し番号ではありません。406ページは10枚の各ファイルのページ数を合計したものです。本文には見出しなどは皆無。四六版の普通の単行本にすると、仕様によっては多少の違いはありますが、章扉や見出しが入りますのでページ数にすると、少なくとも調書の総ページ数である406ページの2倍ぐらいにはなるはずです。

吉田調書がいかに膨大であるかがお分かりいただけたかと思いまが、朝日の捏造記事は、この膨大な文字数が収録されている調書のうち、8月9日に聴取された6枚目のファイル中の1行、句読点を含めた22字/文字総数65万7720字を、悪意をもって異常に曲解捏造したものでした。

まず、退避不可避という状況に置かれていた当時の様子を語った吉田所長の証言部分から引用します。回答者は吉田所長、質問者は加藤経将氏(所属は不明)。

〇吉田所長  これで2号機はこのまま水が入らないでメルトして、完全に格納容器の圧力をぶち破って燃料が全部出ていってしまう。そうすると、その分の放射能が全部外にまき散らされる最悪の事故ですから。チェリノブイリ級ではなくて、チャイナシンドロームではないですけれども、ああいう状況になってしまう。そうすると、1号、3号の注水も停止しないといけない。これも遅かれ早かれこんな状態になる。

 そうなると、結局、ここから退避しないといけない。たくさん被害者が出てしまう。勿論、放射能は、今の状態より、現段階よりも広範囲、高濃度で、まき散らす部分もありますけれども、まず、ここにいる人間が、ここというのは免震重要棟の近くにいる人間の命に関わると思っていましたから、それについて、免震重要棟のあそこで言っていますと、みんなに恐怖感与えますから、電話で武藤に言ったのかな。1つは、こんな状態で、非常に危ないと。操作する人間だとか、復旧の人間は必要ミニマムで置いておくけれども、それらについては退避を考えた方がいいんではないかという話はした記憶があります。

 その状況については、細野さんに、 退避するかどうかは別にして、要するに、2号機については危機的状態だと。これで水が入らいないと大変なことになってしまうという話はして、その場合は、現場の人間はミニマムにして退避ということを言ったと思います。それは電話で言いました。ここで言うと、たくさん聞いている人間がいますから、恐怖を呼びますから、わきに出て、電話でそんなことをやった記憶があります。

〇吉田所長 2号機はだめだと思ったんです。ここで、はっきり言って。

〇質問者 それは3号機とかよりも2号機。

〇吉田所長  3号機は水入れてましたでしょう。1号も水入れてましたでしょう。水入らないないんですもの。水入らないということは、ただ溶けていくだですから、燃料が。燃料が溶けて1200度になると、何も冷やさないと、圧力容器の壁抜きますから、それから格納容器の壁もそのどろどろでぬきますから、チャイナシンドロームになってしまうわけですよ。今、ぐずぐずとはいえ、圧力容器があり、格納容器、それなりのバウンダリーを構成しているわけですけれども、あれがすべてなくなるわけですから、燃料分が全部外に出てしまう。プルトニウムであれ、何であれ、今のセシウムどころの話ではないわけですよ。放射性物質が全部出て、まき散らしてしまうわけですから、我々のイメージでは東日本壊滅ですよ。

〇質問者 それで、3月15日の6時ぐらいに異変が生じて、最初は2号機の圧力が一気に低下していって、それから、爆発音がしたことが合わさって、最初の報告のときは2号から報告が来て、2号であったんだろうという、この音と結びついてですね。その後、今度また4号の方という話も来るわけですね。しばらく人員が少なくなる。

〇吉田所長  バスで退避させました。2Fの方に。

上記引用部は間のやりとりををかなり省略しましたが、吉田所長の「バスで退避させました。2Fの方に。」という上記のようなやりとりの後、朝日が曲解記事のネタにした以下のような吉田発言が登場します。6枚目のPDFの56ページの後半に出てくる1行です。

〇質問者 (略)一回退避していた人間たちが帰ってくるとき、聞いたあれだけど、3月15日の10時か、午前中に、GMクラスの人たちは、基本的にはほとんどの人たちが帰ってき始めていたと聞いていて、実際に2Fに退避した人が帰ってくる、その人にお話しを伺ったんですけれども、どのクラスの人にまず帰ってこいという。

〇吉田所長  本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。ここがまた伝言ゲームのあれのところで、行くとしたら2Fかという話をやっていて、退避をして、車を用意してという話をしたら、伝言した人間は、運転手に、福島第二に行けという指示をしたんです。私は、福島第一の近辺で、所内にも関わらず、線量の低いようなところに一回退避して次の指示を待てと言ったつもりなんですが、2Fに行ってしまいましたと言うんで、しようがないなと。2Fに着いた後、連絡をして、まずGMクラスは帰ってきてくれという話をして、まずはGMから帰ってきていうことになったわけです。

〇質問者 そうなんですか。そうすると、所長の頭の中では、1F周辺の線量の低いところで、例えば、バスならバスの中で。

上記引用部にある「本当は私、2Fに行けと言っていないんですよ。」の1行が、朝日の記事の根拠となった箇所ですが、前後をどれほどの悪意をもって読んだとしても、朝日の記事のような解釈は不可能です。しかもこのやりとりに続けて、吉田所長は次のように語っています。なおGMとはジェネラルマネジャーのことだと思われます。

〇吉田所長  (略)確かに考えてみれば、みんな全面マスクしているわけです。それで何時間も退避していて、死んでしまうよねとなって、よく考えてみれば2Fに行った方がはるかに正しいと思ったわけです。いずれにしても2Fに行って、面をはずしてあれしたと思うんです。マスク外して。

全面マスクをつけたままの長時間の退避は、死につながる危険性のあったことに気付いたという所長の指摘からは、原発事故現場の作業の厳しさが、現場を知らない人間にもひしひしと伝わってきます。その気付きの重要性は、「みんな全面マスクしているわけですよ」「面をはずして」「マスク外して」と「マスク」を繰り返しているところにも表れています。

 吉田所長は、この膨大な調書の中で、人身の安全第一を終始、随所で繰り返し口にしています。危険な現場での最高責任者としての責任感の表れだと思います。にもかかわらず朝日はなぜ、事実を無視してまで捏造記事を創作したのか。この理由をこそ明らかにすべきではないかと思います。あらためて言うまでもなく、朝日の狙いは韓国救済です。朝日の捏造記事が唐突に登場した理由は、当時の国内外の状況からしてもこれ以外の理由はありえません。

当時韓国ではセゥオル号沈没事件で、船長が乗客を放置したまま逃げ出したことが発覚 し、国内外から非難の砲火を浴びていました。韓国そのもののイメージも超ダウン。その上、韓国版統一地方選挙を間近に控えた中で、朴大統領への批判も強まるばかり。朴大統領の与党の完敗が予想されていた時期でもありました。そこに救世主のごとく朝日の救済記事が登場!世界的に注目を浴びてきた日本の福島原発事故でも、セゥオル号船長のような人間が、一人どこころか多数いたとの朝日の記事が一面トップでデカデカと報道されました。しかも国内向けの日本語記事のみならず、英文でも発信されました。即座に欧米のメディアでも朝日の捏造記事が、事実だと誤解されたまま一斉に報道され、あっという間に軽蔑に満ちた世界の視線は、韓国のセゥオル号事件から日本の福島原発へと移りました。これで朝日の捏造記事の目的は達せられ、日本を叩きつぶして韓国を救おうという、朝日に課せられた任務は遂行されたわけです。そしてゴリゴリの反日大統領は、見事劣勢をはね返して勝利を収めました。

 

撤退問題の真実

福島原発事故では、事故の真相究明よりも撤退や退避などばかりに焦点が当っていますが、菅元総理が絡む撤退問題に関しても吉田所長は、11月6日に聴取された調書の中で、怒りをこめて次のように語っています。

〇吉田所長 退避騒ぎに対して言うと、何を馬鹿なことを騒いでいるんだと、私は一言言いたいんですけれども、逃げてはいないではないか、逃げたんだったら言えと。本店とか官邸でくだらない議論をしているか知らないですけれども、現場は逃げたのか。逃げていないだろう。これははっきり言いたいんですけれども、それをくだらい、逃げたと言ったとか、言わないとか菅総理が言っているんですけれども、何だばか野郎というのが基本的な私のポジショションで、逃げろなんてちっとも言っていないではないか。私としては、非常に状況は危ないから、最後の最後、ひどい状況になったら退避しないといけないけれども、注水だとか、最低限の人間は置いておく。私は残るつもりでした。例えば、事務屋とか、いろんな方がいらっしゃるわけですから、そういう人は極力、より安全なところに行っていてもらうことをしないといけないとは思っていました。

危険な現場で、原子炉の暴走をいかにして食い止め、しかも人命の安全をいかにして守るべきかという、現場の最高責任者としての吉田所長の苦渋がにじみ出た証言です。

〇質問者 言葉遣いとして「撤退」という言葉は使いましたか。

〇吉田所長 使いません、「撤退」なんて。(略)菅が言ったのか、誰が言ったのか知りませんけれども、そんな言葉、使うわけがないですよ。テレビで撤退だとか言って、馬鹿、誰が撤退なんていう話をしているんだと、逆にこちらが言いたいです。

 質問者が、清水社長も寺坂保安院長も、全員がいなくなる撤退など考えていなかったが、「政治家の方々の間ではそういう話(注・撤退)になってしまっている。」と問いかけたところ、吉田所長は次のように答えています。

〇吉田所長 知りません。アホみたいな国のアホみたいな政治家、つくづく見限ってやろうと思って。どこかにないですかね、この国を見限るようなあれは、もう、ほんとうに。(略)一言、誰が逃げたんだと所長は言っていると言っておいてください。事実として逃げたんだったら言えと。

〇質問者 今は余り言ってないですが、ある時期、菅さんは自分が東電が逃げたのを止めたんだみたいな。

〇吉田所長 辞めた途端に、あのおっさんがそんなのを発言する権利があるんですか。あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。辞めて、自分だけの考えをテレビで言うのはアンフェアも限りないんで、あれは事故調の委員会としてもクレームをつけないといけないんではないかと私などは思っているわけです。

〇質問者 この事故調は自分がつくっているんでしょう。

〇吉田所長 私も被告です、なんて偉そうなことを言っていたけれども、被告がべらべらしゃべるんじゃない、ばか野郎と言いたい。議事録に書いておいて。

 「アホみたいな国の、アホみたいな政治家、つくづく見限ってやろうと思って」という怒りと空しさの入り混じった吉田所長の気持ちの表出は、ほとんどの日本国民共有のものではないかと思います。そして「撤退問題」の本質も、「アホみたいな国の、アホみたいな政治家」のアホさ加減をトコトンさらけ出 した騒動であったということです。しかし日本壊滅という危機に直面させられた場合は、その危機に全く対応できない政治家どもをアホだといって軽蔑するだけですみません。そのアホな実態を明らかにし、危機回避の手立てを考える必要があります。

 非常に不可解に思うのは、日本壊滅の危機に直面していると現場のトップである吉田所長から繰り返し訴えられているにもかかわらず、菅政権が対応 の全てを東電にのみ任せ、政府としては危機回避のための行動を全く何一つとらなかったことです。この問題は拙著でもかなりページを割いて取り上げておりま すが、吉田調書を読んで、あらためてこの不可解さがせりあがってきました。

吉田所長は、 細野氏に3号機が危機的状況に直面した時期、チェリノブイリどころか、チャイナシンドロームのおそれあり、日本壊滅のおそれありと何度も伝えていますが、そんなに危険なんですか。しかし諦めずに頑張ってくださいと答えたということも調書で明らかにされています。

吉田所長は、菅元総理とは異なり、細野氏は激昂することもなく、何時も冷静であったと語っていますが、日本壊滅の恐れありという原発事故に直面すれば、政府高官は言動は冷静であっても、危機回避のためのあらゆる策を講じるために瞬時に動くべきですが、菅元総理はもとより細野氏も含めて菅官邸は危機回避には全く動いていません。余りにも異常すぎる事態ですが、なぜこれほどまでに異常だったのか。

理由1、菅官邸は、原発事故が人為的に仕掛けられたものであり、日本壊滅につながりそうなチャイナシンドロームまでには至らないことを知っていた。

 理由2、菅官邸は、原発事故が人為的に仕掛けられたものであることまでは知らなかったが、原発事故の悲惨さについての認識が乏しく、事故被害の拡大を狙って、事故収束を妨害するために現場介入を繰り返した。

 菅官邸は、福島原発事故を政権延命のために最大限利用しようと画策していたことは紛れもない事実ですので、いずれの理由も想定可能ですが、原発事故の悲惨さを知らないということはありえないと思われますので、理由1によるものだと思われます。

 菅官邸が、原発事故による日本壊滅という危機から本気で日本を守ろうとしていたのであれば、1号機の爆発直後に即座に自衛隊幹部と協議し、すぐさま米軍の支援を求めたはずですが、菅官邸は1号機爆発直後から申し入れのあった米国政府、米軍からの支援の申し入れは一貫して拒否し続けています。それどころか、自衛隊すら事故対策協議の場に一度も呼ばれたことはありません。自衛隊の現場への出動要請も、放水ショーまでは行われていません。

事故対応は、全て菅官邸の素人集団が取り仕切っていたわけですが、調書は、この官邸の対策集団について、当時の菅官邸メンバーは、司令塔ではなく、勉強会であったと総括していることも暴露しています。福島原発の現場では、命を賭して原発事故鎮圧に当たっているその渦中に、菅官邸は勉強会を開催し、次々と発生する疑問を遠慮会釈なく吉田所長に投げかけてきていたわけです。吉田所長は、この官邸の対応にも容赦なく怒りをぶつけています。吉田氏が怒りの余り、菅元総理を菅と呼び捨てにしている場面すらあるほどです。

 菅官邸が、1号機爆発直後に米軍の支援を受け入れていたならば、以後の爆発は起こっていなかったことは明白です。吉田所長も自ら政府に対して米軍の出動要請をしていますが、米軍は来たらず。吉田氏は官邸が米軍からの支援の申し入れを拒絶し続けていたことを知らないまま、この聴取で発言しています。もしも吉田所長が、菅官邸が米軍の支援を拒絶していることを知ったならば、その怒りはさらに燃え上がったであろうことは言うまでもないでしょう。

 ただ、菅官邸がアメリカからの支援申し入れを拒絶し続けてきたことは、国会事故調の2冊の付録資料にのみ詳細に記録されてはいるものの、報告書本編では全く言及すらされておらず、吉田所長が菅官邸による米国支援への拒絶についてはご存じなかったとしても無理からぬことでした。

 また吉田所長は、当惑気味に菅官邸が原災法を無視した対応をしていると指摘していますが、この指摘は重大です。吉田氏が当惑しているのは、政府自らが法律を無視するというありえぬことが起こったからだと思いますが、菅官邸は原災法を無視することで、彼ら自らが後に勉強会でしかなかったと告白しているような、菅官邸の素人衆が原発事故対応を牛耳り、原発事故被害の拡大促進が可能になったのです。

さすがの吉田所長も、菅官邸のこの恐るべき謀略にまでは思いは巡っていないようですが、原発事故の経過を詳細に辿るならば、福島原発事故の被害拡大の最大の責任は、当時の菅官邸にあることは明白です。国会事故調、政府事故調の各報告書を丹念に読めば、菅官邸のこの謀略は嫌でも明らかとなってきます。しかし被災者の皆さんや反原発活動家のみなさんは、この事実をご存じないのか、知ろうとはなさらないのか、誰一として人菅官邸の責任を問おうとはしていません。

 

調書が明らかにした事実

吉田調書をめぐってのここまでの検証だけでも、朝日新聞の捏造は、吉田調書の中身とは全く無関係に創作された悪意に満ちた捏造であることは明白ですが、最近では、朝日批判を批判する人々の勢いが増しているようです。大学教授であれ作家、評論家であれ、本を読むことが仕事の基本であるにもかかわらず、朝日批判の批判者は一人残らず全員、吉田調書そのものは読んでいないはずです。吉田調書の現物を自分の目で読めば、朝日を擁護するどころか、朝日 の捏造の異様さに寒気を覚えずにはいられなくなるからです。朝日の捏造記事に関しては、撤退があったのか否かの問題だけに焦点が当たっていますが、調書は 撤退問題以外にも、重大な事実の数々を明らかにしています。

 吉田調書が明らかにした重大な事実の数々は、基本的には拙著で明らかにした内容と重なっています。拙著は、政府事故調、国会事故調の報告書を参照しておりますが、両事故調ともこの吉田調書も参考資料の一つにしていますので、拙著の内容とも重なってくるのはある意味当然ですが、吉田調書には、両事故調報告書にも書かれていない重大な事実もいくつか明らかにされています。両事故調には、この吉田調書がそのまま渡されたのではなく、整理されたものが渡されたとのことが朝日の吉田調書関連記事に出ていました。これは朝日の関連記事の中では数少ない貢献だと思われますが、どの程度整理されたのかは不明です。

 吉田所長への聴取は2011年7月22日、29日、8月8日、9日、10月13日、11月6日に実施されていますが、1時間の昼食時間を除く と、朝から晩までぶっ通しで聴取が行われたという感じで、非常に密度の濃いやりとりがなされています。吉田所長の遠慮会釈のない語りが全開そのままに収録 されており、無能きわまりない東電本店や学者や官僚、政治家などに対する歯に衣を着せぬ批判がバンバンと続出、怒りのあまり「ばかやろう」、「おっさん」(愛着 をこめた「おっさん」が1か所あり。)などとの罵倒語も頻発。官僚たちがこうした不穏な言葉を削除することは十分ありうることだと思われます。ただ、事故対応についても整理したのかどうかは不明ですが、吉田調書で明らかになった事実について、以下に紹介することにいたします。

いずれもその重要性については甲乙つけ難いのですが、まずご紹介したのは、吉田所長が、4号機の爆発は、3号機の水素が4号機に回って発生したという公式見解はありえないと明確に批判していることです。政府事故調も国会事故調もともにこの公式見解を披露していますが、吉田所長はきっぱりとありえないと否定しています。私も素人解釈ながら根拠を示して、拙著にてこの公式見解を否定していますが、4号機爆発の原因究明は、福島原発事故の真相究明には不可欠です。なぜならば、原子炉内からは燃料棒が取り出され、爆発の原因となりうる燃料がなかったにもかかわらず、4号機の爆発後に、大量の放射能が外部に一気に拡散したからです。この辺の状況についても拙著にて詳細に解析しています。

 次にご紹介するのは、3号機へのプルサーマル導入は東電が自ら決めたことではなく、エネ庁が主導して唐突に決まったということです。吉田氏はプルサーマル導入決定後に福島第一の所長に就任し、福一に赴任するなりこの導入事業推進の先頭に立たざるをえなくなり、住民説明会などに出て住民説得が最初の仕事となり、嫌で嫌で辞めたかったと語っています。吉田氏は、嫌で嫌でという言葉を何回も繰り返しています。余ほど嫌だったのだろうと思います。

しかし批判はもっぱら東電に対してのみ。エネ庁の責任を問う声は一度たりとも聞いたことはありません。したがって、エネ庁がなぜ福一の3号機にプルサーマル導入を決定したのか、その経緯も理由も一切不明です。奇々怪々という他はありません。

 次にご紹介するのは、現場での運転員の目覚ましい働きぶりについてです。設計上は全電源喪失後、8時間で緊急時対応時の全ての冷却機能も止まるとされていましたが、現場の運転員たちは、緊急冷却機能を少しでも引き延ばそうと、マニュアルにはない様々な工夫を凝らしていたことも明らかにされています。

緊急時の冷却機能であるRCICやHPICが想定以上に長時間作動していたことは、事故調報告書にも記載されていますが、事故調報告書では、これらの冷却は取るに足りないもののように見なされており、運転員たちの創意工夫についても知ってか知らずか、全く言及されていません。それどころか各事故調とも東電に対して、作業員教育が不足していたとして批判しています。

 吉田所長は、GE製の1号機がトラブル続きの時にも福一の所長を務め、プルサーマル導入時が福一への2度目の赴任だったそうですが、多発するトラブルに対応してきた福一の運転員は、望んだわけではないがトラブルによって鍛えられた結果、その技術や応用力は他に抜きんでて優れていると称賛しています。他の原発では、問題が発生しても自分で考えようとはせずに、すぐに他人に頼るような人間がほとんどだとまで語っています。

 次にご紹介する驚愕的事実は、菅元総理が華々しく実施した、消防車を使った原発への放水ショーには、吉田所長をはじめ福一の現場は一切ノータッチ、原子炉の状況を知悉している福一の現場は、完全に排除された中で実施されたということです。当然の結果ですが、吉田所長はこの放水ショーは全く効果はなかったと語っています。   拙著でも、東電が公開した資料を基に、放水ショーが全く効果のなかったことを数値を示して指摘しています。菅官邸の素人衆による指揮のもと、原発にじゃぶじゃぶと水をかけまくり、現場の作業を妨害し、直通直前にまで進んでいた外部電源復旧作業を妨害したのです。このあたりのことも、拙著では様々な資料を駆使しつつ、吉田所長もご存じのない当時の状況を詳細に論じております。

 次は、この原発事故の不可解さを示す、放射性物質について紹介します。3月14日午前11時01分に3号機が爆発しますが、爆発前の14日早朝6時から7時のモニタリングの結果についいて、吉田所長は「モニタリングポストとか、その辺りの線量が、上昇率が広がていて」(8/9聴取P31)と語っています。具体的には、MP2の6時計測値は、400マイクロシーベルト/時、正門の5時計測値は、6.66マイクロシーベルト/時であったという。

 多分、見落としはないとは思っていますが、本調書では、放射能汚染状況について放射線量の数値まで挙げてやりとりされている箇所は、ここも含めて2か所ぐらいだったように思います。ご紹介した箇所の何が問題かといえば、モニタリングによる実測値で、MP2が400マイクロシーベルト/時、正門が6.66マイクロシーベルト/時であったという点です。MP2はモニタリングポスト2の略で、放射線を計測する機器の設置場所を指す名称ですが、高線量のMP2は、爆発した1号機や14日の爆発直前の3号機から最も遠く離れた場所にあり、双葉町などの住民居住地に接した場所にあります。しかも故障していない5号機や6号機からも遠く離れています。一方、低線量の正門は、1号機から4号機の並ぶ区域に近く、中でも3号機には最も近い。3号機はこの計測がなされた5時間後には爆発しています。

 爆発前にはなぜ原子炉から遠く離れた、双葉町に接したMP2の線量が、原子炉に近い正門の線量の60倍位以上もの高濃度を記録しているのか。簡単には解きがたい大ミステリーですが、この聴取では事実が示されただけで、それ以上の言及は吉田所長からも、質問者からも一切はありません。両氏ともこの実測値が示すミステリーには気づかれなかったのか、残念の一言です。ただ吉田所長は、中性子は未検出だとも語っていますので、再臨界はもとより、原子炉からの放射性物質の直接的な放出もなかったということなのかと素人推測しますが、どうなのでしょうか。

 実は拙著では、上記ご紹介したMP2と正門の線量の違いも含めて、放射能汚染の謎を巡っても、政府事故調や国会事故調がほとんど無視した、様々な公的機関が公開している実測値データを基に、その謎の実態を明らかにしています。

 さて次にご紹介するのは、原発労働者の残酷物語です。吉田所長は、1号機爆発で左腕を骨折した、東電の自衛消防隊の隊長の悲惨な体験も怒りをこめて紹介しています。当時現場で給水準備作業に従事していた自衛消防隊の隊長が、1号機の爆発の瓦礫に当たり、左腕を骨折したそうですが、被災地周辺の病院に行ったところ、被爆していることが理由で断られ、別の病院に行ったところ、撤退して誰もいなかったという。交通手段もない中、やむなく隊長は左腕を骨折したまま、東京まで行くルートを求めて徒歩で歩きまわり、やっと東京までたどり着き、東電病院に行ったところ、被爆しているからだと思われる理由で、放射線専門病院に回されて、やっと治療を受けることができたという。

吉田所長は、東電は非常に冷酷だと怒りながらこの話を紹介していますが、吉田氏は、この隊長には、負傷から治療を受けるまでの一部始終を記録するように伝えていたそうです。隊長の左腕は、この聴取が実施された8月9日頃にはほぼ回復していたそうですが、東電の冷酷さもさることながら、原発事故が発生したというのに、政府は事故に対応すべき医療体制を全く構築せずに、政権こぞって「勉強会」を開催し、福一の現場に介入し続けた菅官邸の異常さは、東電の冷酷さ以上に非難されるべきではないかと思います。

原発事故が発生したならば、即座に被曝者治療の医療施設の開設は原発事故対応の基本の基本です。チェリノブイリ事故の際にも、即座に緊急の医療施設が開設され、急性被爆患者が次々と運び込まれたことが記録されています。原災法にも医療班の現地派遣が緊急対応の一つとして定められています。

しかし菅元総はが現地対策本部への権限移譲を拒否した上に、私的に作られた官邸の事故対策会議には、厚労省からは誰一人として呼ばれていません。菅官邸は端から、緊急時の医療体制の構築の必要性は感じていなかったということです。というよりも、原災法を無視した上に、厚労省を呼ばなかったということは、医療対応は必要ないと考えていたというべきでしょう。吉田所長には、こうした背後事情までは推測することも不可能だったでしょうが、菅官邸は緊急時医療対応においても余りにも異様すぎました。

以上は、一気に読み終えて、記憶に残った吉田調書の主要な問題点ですが、詳細については、直接吉田調書をご覧いただきたいと思います。吉田調書は、内閣府の「政府事故調査委員会ヒアリング記録」に一覧表示されています。http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/hearing_koukai/hearing_list.html

また拙著は、上記でも一部をご紹介しましたが、吉田調書だけでは明らかにはされえなかった事故の真相についても、多角的な視点から分析しています。是非ともご覧いただきたいと思います。

ところで、朝日新聞の木村伊量社長は、第三者委員会による吉田調書記事の検証結果が発表されたあと、11月14日に辞任したそうですが、 記者会見もなく、メディアなどには「深くおわび申し上げます」と書いた、A4一枚のコメントを出しただけだったという。大新聞社の社長の責任の取り方とは思えません。

 しかしさらに驚くべき動きまで出ています。11月18日付けの朝 日新聞に出ていた記事ですが、脱原発弁護団全国連絡会共同代表の海渡雄一氏、河合弘之氏ら弁護士4人が記者会見を開き、朝日新聞の第三者機関「報道 と人権委員会」(PRC)が吉田調書記事を誤報と認め、記事取り消しを妥当としたことに対し、「取り消しは行き過ぎ」と批判したという。弁護団は「PRCの見解は事実と推測を混同している。」と批判しているそうですが、どちらが「事実と推測を混同している」かは、吉田調書を読めば、一目瞭然です。弁護団は、どこが「事実と推測を混同している」のか、具体的にその論拠を明らかにすべきですが、弁護団は、吉田調書そのものは一行たりとも読んでいないのは明らかです。

事実に基づいて事件の理非を明らかにするのが弁護士の仕事の基本の基本のはずですが、その弁護士が集まっている弁護団が、PRCを批判したということは、この弁護団の弁護士は誰一人として吉田調書を読んでいないということです。こういう弁護団や弁護士が堂々と弁護稼業に従事しているということは、この弁護団だけの問題だけではなく、こういう弁護士の存在を許している日本の法曹界の退廃を象徴しているのではないかとさえ思われます。この弁護団も反原発訴訟を有利に進めるために、事実を無視して、一方的な言いがかり的な論法でゴリ押ししようと企んでいるらしい。嘆かわしいかぎりです。

 

吉田調書 

http://www.cas.go.jp/jp/genpatsujiko/hearing_koukai/hearing_list.html

 

『原発事故と巨大地震の正体』

 

久本福子
HISAMOTO YOSHIKO

福岡市南区桧原5丁目13-17-404号
(〒811-1355)
TEL/FAX 092-565-4917
ashi@gold.ocn.ne.jp
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