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葦の葉通信

38 2017/12/12 

日馬富士問題の深層

『貨幣の謎とパラドックスー柄谷行人論・原理論編』出版2017/12/1

上野英信展への手紙 西日本新聞に捏造記事2017/11/24   11/2712/1

37 2017/11/13 
1 選挙雑感 2 オランダ宿 
盗み続けて20年、韓国ボスコ 11/14追記

36 2017/10/11

1「政治生命をかけた冒険」 改憲は米政府からの要請 小泉元総理と田原総一朗氏 小泉元総理と原発 10/14 追記

 

35号 2017/9/10

技術が世界を変える 

34 2017/8/10  

1北朝鮮ミサイル発射  2 九州北部豪雨 3 沖縄基地問題

33 17/7/5 

東芝と安倍政権の功罪 

32 17/6/15

イコモスと国連への疑問

 

31 17/6/2 

加計学園問題の深層

 

30 17/5/25

北のミサイル連射の深層

 

29 17/5/10

諫早干拓の反公共性

 

28 17/4/30

東芝問題の深層

 

お知らせ 17/4/25

 

2717/4/22

生前退位をめぐって

 

26 2017/4/15

「葦の葉ブログ」再開

博多駅陥没事故と歴史

 

25 2017/3/31

「民主主義の再起動」

 

24号 2017/2/28

韓国の30万本の桜

3/2 森友学園問題

金正男毒殺事件

 

23  2017/1/25

宗像・沖ノ島の原住民

記紀神話と韓国

学問は手段にすぎない韓国

江戸時代の科学

古代の日中韓

 

22 2016/12/20

IR(カジノ)法案

北方領土

装飾古墳

21 2016/11/17

アメリカ国民は消耗品

20 2016/10/16

阿蘇噴火と日本の国防

19 2016/9/15

不可解な事ども

1 地震・豪雨

2 多発する黒人射殺事件

3 HAARPの発動

4 長崎養生所

18 2016/8/15

過激派テロの正体

10億円の解決金(8/16)

172016/6/21

1舛添問題の「違法性」

2プログラミングと異常気象

3人工知能の衝撃

16 2016/5/20

東住吉小6女児焼死事件

15 2016/4/18

1 禁教期を焦点化したキリスト教関連遺産の狙い

2 日本語と朝鮮語

 九国博の変化

● 熊本地震

142016/3/16

1遺体が語る真実

2サイバーセキュリティ 

13 2016/2/27

1北朝鮮の核実験と日本

2北朝鮮のミサイル

 

黄金のアフガニスタン展

12  2016/1/26

日韓合意の不可逆性

 

謹賀新年

 

11号 2015/12/26

年末の外相訪韓

10号 2015/11/30

1 イスラム教とカリフ

2 中韓の相似と相違

9号 2015/10/24

ノーベル賞と世界大学ランキング

ユネスコの存在意義

朝貢外交の今昔

8号 15/9/22

1 広開土王碑文

2 縄文土器と埴輪

3 タイ爆破事件の深層

4 安保法と憲法

7号 15/8/30
1 70年談話の意義
2 五輪エンブレム騒動 
 追記 9/1
3 自衛隊肉弾盾作戦

6号 15/7/28
1 深まる韓尊日卑 
2 アジアは広い! 
3 ザハ案採用の謎
4 明治産業革命遺産

5号 15/6/15
1安保法案と日本の防衛
2 MARS
韓国と従軍慰安婦

4 15/6/3
国防
1 構造改革とIT 
2 TRON
と日本のIT教育

3 プログラミング教育
新安保法案
5
大阪都構想のペテン

3 15/4/16
沖縄と福島原発
1百済展と歴史の真相
2高麗は日本をモデルにした
3スタップ細胞捏造事件

2
号 15/3/10
1政治とカネ 
2
移民と日本の戦争責任
3
戦場の真実と未来への提言

1
号 15/2/5
歴史の纂奪
 ―百済から通信史

サイト移転のお知らせ
2015/2/5

 

 

吉田調書の真実

原発事故と巨大地震の正体

  

  

 

 

 

 

葦の葉通信 38号 2017/12/12  

   

久本福子Yoshiko Hisamoto

 

日馬富士問題の深層

 

日馬富士の暴行問題は、モンゴル力士による八百長問題へと拡大しつつありますが、そもそもこの暴行問題の背後には、モンゴル力士同士による星のやり取り疑惑があったわけですから、やっとその核心部分が明るみに出始めつつあるという状況です。しかし日本相撲協会は、この暴行問題対応ではひたすら白鵬への忖度を最優先してきたばかりか、モンゴル会による八百長報道をした「週刊新潮」に抗議文を送ったことからも明らかなように、この核心問題についてはメスを入れるどころか、隠蔽し続ける意向のようです。

 

日馬富士が責任を取って引退した後も、この問題を批判的に取り上げるのはモンゴルパッシングだとの批判も出てきそうですが、この問題の核心部分に蓋をしたまま幕引きすれば、後世に禍根を残すことになるはずです。相撲での八百長は過去何度も問題になってきましたが、今回浮上したモンゴル互助会による八百長は、モンゴル互助会という団体によって組織的に八百長が行われてきたという点において、過去のいかなる八百長とも決定的に異なっています。

 

しかし八角理事長は、モンゴル会は緊急時(冠婚葬祭、病気、入院等)に互いに助け合うモンゴル力士たちの生活扶助組織であり、今回のような飲み会は近年は行われていないとして、モンゴル会が八百長の温床になっているとの疑惑を全否定しました。しかしお相撲さんにとっては、星のやり取りは生活扶助の最たるものです。モンゴル会での結びつき、絆を通して、モンゴル力士同士の結束、互いを思いやるという気持ちの醸成が恒常的になされるならば、その関係は土俵上でも作動するであろうことは多言は要しないはずです。

 

例えば、日本の野球選手が多数アメリカのメジャーリーグで活躍していますが、もし仮に彼らが、日本以上に厳しい競争に晒されるアメリカでの活躍を互いに支え合うために、球団の枠を越えた生活扶助組織である日本人会を結成し、日常的、恒常的に日本人選手としての絆、結束を強めるような活動をしたらどうでしょうか。これは100%ありえぬ想定ですが、激しい批判に晒されるであろうことは言うまでもないでしょう。

参照世界から見た大相撲問題の本当の「異常さ」

 

日馬富士は貴ノ岩に暴力を振るったのは、礼儀、礼節を教えるためであったと釈明していますが、横綱による暴力的な威圧的手法によってなされるこの「教育」効果が、いかなるものであったかも考える必要があるはずです。同郷の大先輩であるだけではなく、最高位にある横綱による暴力的な威圧行為は、それだけで格下の若手にとっては、先輩や横綱にはうかつには歯向かえないという精神的プレッシャーとなることは、説明するまでもないはずです。しかもその精神的プレッシャーは私的な場面のみならず、土俵上にも及ぶであろうことは多言を要しないでしょう。具体的な星のやり取りの出来ない相手には、この精神的プレッシャーで十分です。

 

しかし貴ノ岩は、先輩に対し、横綱に対し、従順ではなかった(礼節をわきまえなかった)らしいことが、様々な報道からも伝わってきています。貴ノ岩は二次会の飲み屋で日馬富士から暴力を振るまわれる前に、白鵬からも直接、口頭で注意を受けていたことも報道されていましたが、口頭だけでは「教育」効果は望めなかったらしい。そこで日馬富士による暴力へとレベルアップしたというわけです。

 

この暴力行為については、当事者の一人である白鵬は、16日の朝稽古の後に報道陣を前に、現場にいた自身の目撃談とし て「白鵬 ビール瓶が手から滑り落ちたのを目撃「どこで頭が割れたとか私にもわかりません」と語っていたことは、大手マスコミでも報道されていたはずです。白鵬はビール瓶がすべり落ちた後すぐに「やっぱり物を持っては危ないので」日馬富士を連れ出したとも話しています。また、仮に白鵬が止めに入ったとしてもすぐに止めたわけではなく、ある程度暴力的しごきが行われた後のことであることは、貴ノ岩の負傷が証明しています。しかし白鵬は、貴ノ岩がいつ頭に負傷したのかは知らないとも語っています。頭から血が噴き出していたのに、なぜ頭に負傷したのかは知らないということなどありうるでしょうか。日馬富士が素手で殴ったことは認めながらも、まるで他人事のような白鵬のこの「証言」は、自分に類が及ばないようにとの思惑が濃厚ににじみ出たものであることは明らかです。

 

しかし冷静に考えると、白鵬の証言は、すべり落ちてなければ、ビール瓶で殴っていた可能性は非常に高かったということを告白したのも同然の釈明です。すべり落ちたビール瓶は、白鵬の証言にもあるように、冷たく冷えた開栓前のビール瓶だったので、回りが水滴で濡れており、重みもあります。開栓前の重いビール瓶で力いっぱい頭を殴っていたらどうなっていたか、想像するだにゾッとしましますが、貴ノ岩は死亡しでいた可能性は非常に高かったのではないか。

 

しかし双方にとって幸いなことには、ビール瓶はすべり落ちましたので、殺人事件にまでは至りませんでした。ただ相撲協会が発表した中間報告では、ビール瓶ではなくシャンパンの瓶であったと改ざんされています。白鵬自らが告白した、ビール瓶はすべり落ちたという話はウソだったということになりますが、どちらが事実かといえば、白鵬の第一声が事実であるのは明らかです。相撲協会は事態を矮小化するために、ビール瓶よりは重量の軽いシャンパン瓶に変えたのでしょう。

 

貴ノ岩を死に至らしめる可能性のあった一連の暴行は、白鵬公認であったことは明らかです。先輩や横綱には歯向かうな!というモンゴル会の掟に貴ノ岩を従わせることが、同郷力士の命よりも最優先されていたということです。貴乃花親方は貴ノ岩がモンゴル会に出ることを禁じていたそうですが、事件当日は留学していた鳥取の高校の恩師や同窓生も出席するとのことで特別に許可したという。貴乃花親方の危惧が当たったわけですが、貴ノ岩が同郷の大横綱に対しても従順ではなく、反抗的であったというのは、貴ノ岩自身の性格もあったかもしれまんが、それ以上に師匠の貴乃花親方の態度が大いに影響していたのではないかと思われます。

 

この問題の真相は、貴ノ岩が白鵬との取り組みで白鵬に勝ち、結果として稀勢の里の横綱昇進に貢献したという事実抜きには明らかにはならないはずです。この事実については、わたしは民法ラジオで、名前は忘れましたが、相撲好きのタレントが話しているのを聞いて初めて知り、ビックリ。同郷の大横綱に対しても、何するものぞという気概ないしは反抗心があればこそ、貴ノ岩は白鵬に勝つことができたのではないか。

 

閉ざされた私的な場で日常的に「長幼の序」を過剰に強制される環境下では、この抑圧を跳ね返すのは容易ではないはずです。仮に明示的な抑圧がなかったとしても、強い互助の精神で結ばれた有形無形の絆は、ソフトであるだけにより強くモンゴル力士たちを規制していたであろうことは想像に難くありません。

 

しかし貴乃花親方の教育もあり、モンゴル互助会には参加していない貴ノ岩はおそらく、モンゴル力士の中ではこの圧力を無視してきた数少ない力士だったのではないでしょうか。それゆえ、モンゴル会には参加しない貴ノ岩の誘い出しに成功したこの機会に、徹底的にしごこう(従順にさせよう)と、最終段階である暴力的な制裁まで加えられることになった。これが、NHKを含めた大手新聞社などが報道しない、そして日本相撲協会が隠蔽してきた事の真相だったのではないでしょうか。

 

わたしは相撲界には詳しくありませんが、従来しばしば問題になってきた相撲界での暴力的しごきは、同門内での「稽古」の一環としてなされてきたのではないのでしょうか。異なる部屋の力士が集まった居酒屋で暴力的しごきを受けたのは、今回初のことではないかと思われます。モンゴル会のように、部屋の違いを越えて力士が集まる恒常的な場はそれまでなかったからです。

 

モンゴル会によって明示的、非明示的いずれの方法にせよ組織的に八百長試合が行われるならば、モンゴル力士によって今以上に、日本の相撲界が完全に牛耳られることになるであろうことは火を見るより明らかです。実力で牛耳るならば、日本のお相撲さんの不甲斐なさを嘆くしかありませんが、不正な手法を駆使しての覇権であるならば、日本の相撲の腐食が進むだけでしょう。腐敗し尽くした相撲など、やがて誰も見向きもしなくなるはずです。

 

日本の相撲では外国人枠が決められていて、その枠が空かないと外国人力士は入門できないことになっていますが、モンゴルはもとより、ハワイや東欧などでもその空きを待つ力士予備軍が非常に大勢いるという。格闘技はプロレスやレスリングやボクシングやモンゴル相撲などいろいろありますが、彼らはなぜ日本で力士になりたいと希望するのでしょうか。言うまでもなく、母国では生涯かかっても不可能な、巨額の報酬を手にすることができるからです。彼らの巨額な報酬は、日本の相撲が世界的にも例のないほどに、興行として持続的に高収益を上げることに成功しているがゆえであることは言うまでもありません。その背後にはそれを支える日本社会の豊かさがあるのは言うまでもありませんが、年6回も定期的に開催される格闘技では、日本の相撲以外には世界でも成功例はもとより、実施例もないはずです。

 

なぜ日本の相撲ではそれが可能なのか。日本の相撲は格闘技でありながら、ある種の様式美を保持しています。土俵のしつらえから始まり、お相撲さんの出で立ち、行司や土俵の周辺で補助する人々の出で立ち、理事たちの紋付き羽織袴姿等々。いずれもが相互に連関し合って、視覚的な美を創出しています。しかも単に美的であるというだけではなく、その美には神事としての聖性が刻印されています。というよりも、神事としての聖性を孕むがゆえに、相撲の美は美として機能し、保持されてきたといっても過言ではないはずです。

 

日本の神道に限らず、世界中のいずれの宗教においても、祈りには様式は不可分のものとして存在します。様式の伴わない宗教的祈りは存在しないと言っても過言ではないはずですが、この様式とは、広い意味でのルールと言いかえることができると思います。ルールとしての様式が確立しているがゆえに、神事は永続的に続くことが可能になるわけですが、日本の相撲も神事としての側面を保持してきたがゆえに、様式美をも保持しつつ、今日まで続いてきたことは言うまでもないでしょう。

 

神事を出自とする日本的な様式美は、相撲に限らず、日本文化そのものの基層をなすものだといっても間違いではないはずですが、その祈りの様式の核心部分を象徴的に体現されているのが天皇陛下であることは、譲位が間近に迫っている今、あらためて確認しておく必要があると思われます。ただ、今はこれ以上日本文化論を論じるヒマはありませんので、相撲暴行問題をつづけます。

 

わたしは普段はテレビを見ませんので、相撲の取り組みは時たまラジオで聞くぐらいですが、先日、ネットに上がっている最近の相撲の画像を見てびっくり仰天しています。血しぶきの飛ぶ、まるでプロレスかボクシングかと見紛うような光景がズラリ。他の格闘技とはルールも成り立ちも全く異なる、日本の国技である相撲でこんな戦法が許されていいのかと驚愕しています。

 

しかし勝つためには手段を選ばずというプロレス並の、あるいはプロレス以上の技を、白鵬までもが駆使していることを、「週刊ゲンダイ」で紹介されているのを見て、そこまでやるのかと、驚愕し、恐怖すら感じています。

白鵬“エルボー”で豪栄道骨折 「かち上げ」本来どんな技?2016530

「かち上げ」写真を集めたページで、この記事に紹介されている取り組みの、豪栄道が左眼窩内壁骨折したというその瞬間を撮った恐ろしい画像を見つけたのですが、リンクを貼ろうと、数時間後に再訪したところ、削除されたのか、いくら探してもその写真は見つかりませんでした。

 

白鵬がその大きな手のひらを広げ、親指と人差し指、中指などを、豪栄道の目の中に突っ込んでいるその瞬間を撮った写真です。失明していた可能性すらあった異様な攻撃手法です。ルール違反ではないといわれていますが、相手の目の中に指を突っ込んで、左眼窩内壁を骨折させることが正当な攻撃手法だといえるのでしょうか。眼窩(がんか)とは、眼球を包んでいる周りの骨ですが、その堅い骨の壁が骨折するほどに、白鵬は突っ込んだ指に力を入れて眼窩を攻撃したということです。これは相撲でもなければ、スポーツですらありません。ただの暴行でしかありません。そのほかにも肘で顔面を殴り上げる(かち上げの変種,はみ出し技)や手のひらで顔面を殴る(平手打ちではなく肘を使った顔面殴打)画像がいくつも並んでいます。大砂嵐の肘技の画像もありましたが、白鵬のものが圧倒的に多い。

 

品格以前のレベルですね。横綱が土俵上で堂々とこれほどの暴力をふるうとは、白鵬は、貴ノ岩の頭をぶち割った日馬富士以上にタチが悪いというべきではありませんか。相撲協会が正常な判断力をもっているのであれば、こんな殺人紛いの戦法を駆使する白鵬は即刻,出場停止処分にしていたはずです。相撲協会がまともな判断ができなくなっているのであれば、横綱審議委員会が白鵬の横綱を剥奪する旨の勧告をすべきところですが、横審会も沈黙したまま。

 

わたしはこの写真を見るまでは、白鵬には日本のお相撲さんたちも見習うべき点もあるのではないかということも後半で書くつもりでしたが、白鵬評に付きものの「横綱らしからぬ品格のない相撲」の正体を衝撃的な形で目にした今は、白鵬は勝つためには、そしてライバルを潰すためには手段を選ばぬ、ヤクザ紛いの力士でしかないという以外の言葉が出てきません。普段テレビを見ないだけに、映像の衝撃はすさまじい。もう日馬富士の暴行問題については、これ以上書く気は起こりません。

 

白鵬は豪栄道の目を狙った失明技以外にも、負けが確定している相手をさらに土俵の下につき落とすダメ押しも頻繁に繰り返すらしい。これは相手力士の身体そのものにもダメージを与え、あわよくば再起が困難になることを狙っていることは明らかです。

 

わたしは白鵬の「品格のない」相撲の取り方の実際を映像で見るまでは、白鵬がヤクザ並の力士であるとは想像もしていませんでした。それどころか、双葉山を尊敬し、その著書まで熟読、双葉山の相撲道を熱心に研究している知的な横綱だと思っていました。日本の力士で双葉山を尊敬し、その取り口を研究している人は,少なくとも現役力士では皆無のはず。その研究心の差も白鵬の君臨を許しているのだろうと考えていましたが、実はそうではなく、白鵬は、手段を選ばぬヤクザ相撲で、日本人力士をなぎ倒してきたことを知って、かなりショックを受けています。

 

のみならず相撲協会が、こんなヤクザ相撲を取る白鵬を出場停止にせず、黙認してきことにはさらにショックを受けています。八角理事長はそれどころか、白鵬と同じ戦法でやり返せと若手をけしかけてさえいますが、日本人力士はいくら八角理事長からけしかけられても、相手に対して、意図的に無用な負傷を負わせるような,ルールをはみ出す白鵬流ヤクザ相撲は取れないはず。これでは相撲ではなくプロレスではないですか。しかしルールがあってなきがごときのプロレスでさえ、失明の可能性のあることを百も承知の上で相手の目の中に指を突っ込み、眼窩を骨折させることまではしないはずです。

 

しかし時に血しぶきが飛び、相手を破壊的に攻撃する白鵬のヤクザ相撲は、見方によっては、観客の興奮を呼ぶ迫力と刺激に満ちた土俵に見えるのかもしれません。品格がないと批判されながらも、白鵬を頂点にした相撲人気は下がるどころか高まる一方だからです。八角理事長が若手に白鵬流ヤクザ相撲をけしかけているのも、相撲協会もその路線で相撲人気を維持しようと目論んでいるからなのでしょう。力士が失明しようが負傷しようが、お客が興奮して喜んでくれるならばそれでよし!というのが、相撲協会の本音らしい。

 

興行としての相撲は江戸時代に始まりますが、相撲そのもののルーツはさらに古く、お相撲さんの埴輪も作られていましたので、少なくとも古墳時代(3世紀〜7世紀)にまで遡り、神事に発祥していたことはよく知られているところです。現在も続く、神社での奉納相撲はそのルーツを示していますが、今やその伝統ある日本の相撲が、伝統を継承すべきか否かの岐路に立たされています。

 

***

 

相撲に限らず、グローバル化が進むにつれ、日本人的な価値観や感性だけでは対応できない事態に遭遇することは避けがたい。特に昨今のすさまじい勢いでグローバル化が進む中では、日本人としてその対応能力を高める暇もないままに、グローバル化の波に身を投じざるをえないのが現状です。その弊害が随所に出ています。

 

最近ではオリンパスから東芝に至る日本企業による海外企業の買収は、ほぼ全てが巨額損失を抱え込むだけの無残な結果に終わっていますが、当の日本企業はもとより、日本では誰も海外企業に騙されて不良資産をつかまされたとは考えていません。逆の立場なら、日本企業が訴えられていた可能性があったはずですが、日本企業のどこも海外の相手企業を訴えたことはありません。また海外に進出した日本のメーカーは、日本国内での製造現場では起こりえないような、不可解きわまりない事故の頻発にさらされています。

 

ついに中国資本に身売りを余儀なくされたエアバックのタカタの事故は、詳細に経緯をたどるならば、メーカーが設定した仕様とは異なった不良品が、意図的に製造された結果引き起こされた可能性は否定できません。日本企業に大ダメージを与えるために、意図的に不良品を製造するように働きかける勢力が存在していること、そしてカネさえもらえば何でもするという人間が自社企業内にもいるということ、日本国内ではほとんど起こりえないものの、海外では容易に起こりうるというこうした非情な現実については、日本企業は考えたこともないはずです。日本人は海外でも日本人的な価値観が通用すると思い込んでいる節があります。しかし日本から一歩外に出ると、そこは戦場であるとの認識をもつ必要があるはずです。

 

それどころか、オリンパスは英国の不良企業を騙されて買収させられたのが粉飾決算の原因であったにもかかわらず、欧米の司法当局からも巨額の損害賠償を巻き上げられそうな気配です。おまけに日本のマスコミからも大パッシング,満身創痍状態です。しかし東芝の粉飾決算は欧米の司法当局はもとより日本の捜査機関も犯罪とは考えていないらしい。犯罪だと指摘していたのは、日経BPの記者と田原総一朗氏ぐらいです。両氏はともに捜査機関になぜ犯罪として捜査しないのか問い合わせたそうですが、その要件を満たしていないとの回答であったという。一般マスコミも東芝の犯罪に関しては沈黙したまま。

 

同じ粉飾決算でありながら、東芝とオリンパス、ライブドアとの扱いの余りの大きさには唖然とせざるをえません。ライブドアに対するマスコミのパッシングも超異常したが、東芝に関してはおそらくアメリカ政府の意向が働いているのでしょう。その結果、東芝が倒産せずに済んだのは日本経済にとってはプラスだったのかもしれませんが、日本は法治国家ではなく、アメリカ忖度国家というほかありません。今後、日本企業は国内ではもとより国際標準としても、粉飾決算は犯罪としては摘発されないはずです。

 

グローバル化が拡大する一方の現在、企業も個人も海外との関わりなしには存続できない状況にありますが、海外との友好的な関係を維持するためにも、海外では日本人的な価値観は通用しないということをまず認識する必要があります。海外進出が不可避となっている日本企業も、そのリスクヘッジは考えているはずですが、基本は金銭による解決というもっとも安易な方法だと思われます。これは日本政府の基本的な外交姿勢を反映したものにほかなりませんが、この安易な方法に頼ると、日本企業は際限なく喝上げの対象になるはずです。

 

その典型例は、アメリカで発生したトヨタ車パッシングです。トヨタ車には機能的には全く欠陥がないことは、アメリカの規制当局も認めたいたにもかかわらず、トヨタは1兆円超もの解決金を支払いました。トヨタはこれでアメリカの全マスコミ、追随した日本の全マスコミによるパッシングから免れることができましたので、安い支出であったともいえなくもありませんが、明らかに仕組まれた事故であったにもかかわらず、真相は明らかにされぬままこの騒動は幕を閉じました。その結果、海外では意図的に事故が仕組まれ、日本企業に大ダメージを与える事例が発生しうるという事実も明らかにされぬままです。

 

トヨタ車パッシングは、ちょうど同じ時期に、GM車ではエンジンの欠陥による死亡事故が多発し、40数人もが死亡していましたが、その事故を隠蔽する目的もあったはずです。このGM車の事故は、提携していた韓国の現代自動車から提供されたエンジンかその部品が原因だったのではないかと思われます。韓国内でもGM車と全く同様のエンジン欠陥による死亡事故が多発していたからです。しかしGM車は、激しいトヨタ車パッシングのおかげで、トヨタ車よりもはるかに死者も多く、エンジンの欠陥という重大事故であったにもかかわらず、GM車の事故は原因も明らかにされぬまま、事故そのものが闇に葬られてしまいました。このGM車の事故も韓国車の事故も日本ではほとんど報道されていません。

 

エアバックのタカタも餌食として狙われたわけですが、アメリカ国内だけにとどまらず、影響が世界中に広がったために、ついに会社そのものを身売りせざるをえなくなってしまいました。こういう事例が続くと、海外に進出している日本企業はこうした事態に備えたリスクヘッジのための費用も計上せざるをえなくなっているはずですが、こうした費用は会計法上は認められておらず、該当する勘定科目もないはずです。

 

近年、日本の大企業が巨額の収益を上げながら十分な再分配(賃上げ)もなさぬまま、内部留保として溜め込んでいることが批判の的になり、政府からも批判されていますが、内部留保の一部は日本企業にのみ特に顕著な海外リスクヘッジとして計上することを認めるべきではないかと思います。日本の大企業の収益には、海外事業からの還流が占める部分も大きいと思われますので、海外ゆえに起こりうるリスクには、当然備えは必要だと思われます。

 

野田政権下で起こった中国での日本企業打ち壊し事件の被害は、中国政府からは賠償されておらず、日本企業が自ら負担したはずです。日本企業も国内で同様の被害を受けたのであれば(日本国内では仮定そのものが成り立たないとはいえ)、加害者に損害賠償を請求するはずですが、海外では黙って自己負担。政治的理由で被った被害は裁判では白黒つけがたく、泣き寝入りと自己負担はやむをえないのかもしれませんが、企業にとっては釈然としないものが残るはずです。

 

慰安婦像がアメリカ国内各地に増殖しつづけているだけではなく、ついにフィリピンの首都マニラにまで設置されるに至りました。日本政府はフィリピンには様々な援助を続けてきており、友好国としてのその長い歴史から、まさかフィリピンにまでとの思いを持っているはずですが、より強力な援助国が出てくればそちらになびくというのが日本の外の常識です。慰安婦像は中国勢も加わったことから、今後も増えることはあっても減ることはないはずです。韓国が国内外で始めた慰安婦像の設置に対して、外務省と歴代政権はおざなりの抗議声明を発する以外に、何ら効果のある対抗措置を取らず、事実上黙認してきた上に、韓国に気を使った交流事業を延々と続けてきました。日本は何をしても本気で怒ることはない。韓国にそう思わせる対応をつづけてきた結果、もはや収拾のつかない段階に突入しつつあります。

 

韓国は慰安婦に加えて徴用工問題をも使って反日キャンペーンを展開し始めていますが、日本の外務省は何の対抗措置も取ろうとはしていません。日常の風景と化した日本に対するイメージダウン像は、根拠のない日本企業パッシングを誘発する素地を作っていることを政府もマスコミも認識すべきです。韓国も中国も、日本による経済、技術両面からの無償援助によって戦後復興を成し遂げたのですが、受けた恩を恩と感じないというのが日本の外の常識であることを、日本政府も日本国民も中韓両国から学ぶべきはずだったのですが、学ぶどころか、今なお彼らの脅しを恐れ、ひたすら謝ってきました。安倍政権は多少なりとも対抗する意思は持っているようですが、中国が巨大市場となった今日、その市場を失わずに彼らに対抗するのは非常に難しい。しかもアメリカを筆頭にした欧米各国では韓国、中国系移民が量的にも増え、政治的にも存在感を高めつつある中で、世界を舞台にしてなされる彼らの、根拠なき不当な攻勢に対抗するのは容易ではありません。

 

日馬富士の暴行問題から慰安婦像問題にまで話題が拡大してしまいましたが、根っこにあるのは共通しています。日本人の対外的なナイーブさです。物質的な支援も含めて好意を示しつづけさえすれば相手もこちらの好意に応えてくれるだろうというのが、戦後の日本の外交姿勢であり、日本人一般の常識だったと思います。しかしその常識は世界では通用しないことは、慰安婦像の異常なまでの増殖が如実に証明しています。ここまできても、この厳しい現実を直視できない日本人が多い。

 

日馬富士問題でも同様です。この問題の背後にあるのは、モンゴル人力士による組織的な八百長疑惑であり、白鵬の品格問題以前の暴力的な攻撃手法によって、日本人力士が大きなダメージを受けているということです。日馬富士の暴行は、そうした動きの一つとして顕在化したものにすぎず、日馬富士の引退で全て解決、とはならないはずです。モンゴル人力士によって相撲人気が盛り返したのは事実だと思いますし、彼らがいなくなると相撲は興行的に成り立たなくなる可能性もゼロではありませんが、組織的な八百長の温床となりうる、モンゴル人同士の互助組織の解消は即刻実施すべきです。また、勝つためには手段を選ばずという、白鵬自らも認めているような暴力的手法は、日本の相撲にとっては全く異質なものであるのは間違いありません。白鵬に対しても、品格がないなどいう核心からはずれたような批評をするのではなく、ヤクザ紛いの暴力行為以外の何物でもないことを明確に指摘し、ヤクザは土俵に上がることはできないと勧告すべきです。白鵬のファンからは猛反発が起こるでしょうし、盛り上がった相撲人気が一気に下がるかもしれませんが。

 

それが出来ないのであれば、日本の相撲の歴史を変えたとの批判を覚悟に、相撲のルールを変え、プロレスやボクシングなどのルールも取り入れた、血しぶきの飛ぶ刺激的な技を土俵上でも全面展開したらいかがでしょうか。白鵬だけにそれを許しているのは余りにも不公平。グローブをはめないだけに、素手や拳による顔面殴打はボクシング以上に刺激的でしょうし、肘を使った顔面突き上げ技などが全力士に広がるならば、プロレス以上の刺激を提供できるはずです。しかし力士の寿命が今以上に短命になることは避けがたい。しかも刺激の強さで客を呼び込むことになると、さらに強い刺激を求めることになるのは人のサガ。力士は命がけで、観客の増大する欲望に応えつづけることにならざるをえないでしょう。当然、日本の相撲そのものの寿命も短命にならざるをえないのは言うまでもありません。

 

極端な話ではなく、このいずれを選ぶのか、その選択を迫られていることを日本相撲協会も相撲ファンも自覚すべきです。白鵬を筆頭にしたモンゴル力士の方々は、日本の相撲を盛り上げてくれているのは事実だと思いますが、そのことに驕ることなく、モンゴルにも伝統的なモンゴル相撲があるにもかかわらず、なぜ日本で相撲を取っているのか、そのことにも多少は思いをはせていただいてもいいのではないでしょうか。定期的に試合が開催され、位の上下はあるものの、恒常的にその身分と収入が保証されている格闘技は、世界でも日本の相撲以外にはないはずです。長い歴史をもつその相撲を、興行として維持しつづけてきた日本の相撲界とそれを支えてきた日本社会に対しても、多少の敬意を払っていただいてもいいのではないかと思います。

 


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外国人力士も増え、相撲も国際化されて賑やかになったのは事実ですが、では日本の相撲を丸ごとモンゴルやハワイや東欧に移しても、同様の繁栄が保たれるかといえば、それは100%ありえません。白鵬さんもこの事には同意されるはずです。であるならば、日本の相撲は我一人が支えているかのような、傍若無人な振る舞いは慎むべきではありませんか。それを許してきた相撲協会の責任は非常に大きいと言わざるをえませんが、相撲の永続的な繁栄を維持するためには、日本の相撲の歴史的な特性を再認識し、力士たちを指導することが不可欠であることを強調したい。そしてこれは相撲界だけの問題ではなく、日本中がしかと自覚すべき問題です。

 

貨幣の謎とパラドックスー柄谷行人論・原理論編出版 2017/12/1 

上野英信展への手紙

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